《封鎖領ハウぺリア》概略

 ■概要

 《封鎖領ハウぺリア》には、眠りの神カオルルウプテによる呪い――<暴食の膿夢>がかけられている。このため、《封鎖領》は「呪われた地」として、その名を知られている。
 《封鎖領》は、《年輪国家アイヤール》帝国の年輪――城壁によって区切られた領地のひとつで、《皇城領》の南東、コラーロ河とその支流であるトリュフォー河とが合流する三角地帯に位置し、北に高く堅牢な城壁をもって知られる《紫壁領フォストリス》が隣接している。
 この領地が《封鎖領》と呼ばれる所以は、言うまでもなく<暴食の膿夢>にある。この呪いは、《封鎖領》に住む者たちを、人族も蛮族も例外なく蝕み、肉体に変異をもたらす。そして、肉体の変異が限界に達した者は凄惨な死を迎える。その上、この肉体の変異は<暴食の膿夢>が及んでいる地域から出ると、劇的に進行することでも知られている。また、かなり稀な場合ではあるものの、「伝染」するとさえ言われている。これらの事情により、《封鎖領》への出入りは厳重に監視、制限されているのだ。しかし、《封鎖領》の中には、いまなお多くの人族と蛮族が暮らしている。彼らは、「凄惨な死を免れない呪いに蝕まれている」という境遇のもと、他の地域では見られない共生関係を築いている。
 《封鎖領》の住人のほとんどは、《紫壁領》との間を隔てる城壁に開かれた唯一の出入り口である城門から扇状に建設された城塞都市ヴィルトルードで暮らしている。そして、ヴィルトルードの南端に突き出した角に似た琥珀色の城<黄角城>には、領主のシリウス・ハウペリア子爵がいる。シリウスは、<黄角城>に籠もり、人前に出ることはほとんどなく、また姿を現すときも仮面とマントで容貌を隠している。これは、シリウスが、かなりの度合いで進んでしまった肉体の変異を恥じているからだと言われている。
 《封鎖領》では、<ドリームダスト>と呼ばれる薬物を精製している。<ドリームダスト>は、睡眠薬や鎮静に使用されるほか、媚薬や麻薬にも使用される。このため、領外ではかなりの高額で取引されている。呪いに蝕まれる危険を冒してでも《封鎖領》に立ち入ろうとする者の多くは、<ドリームダスト>の入手を目的としている。<ドリームダスト>の製法は、《封鎖領》の中でも限られた者しか知らない最高の機密事項である。

 ■《封鎖領》の歴史

 <大破局>の終焉後、蛮族軍に征服されていたこの地で、復興を遂げたアイヤール帝国軍と蛮族軍が激突した。
 このとき、アイヤール帝国軍を率いたのは“閃嵐の戦姫”ヴィルトルード・ハウぺリア。対する蛮族軍は、ノスフェラトゥのアンピュルシオン氏族の長にして、眠りの神カオルルウプテの大神官であるヴァンパイアアペティー、“暴食の眠り姫”マーシャ・グラトニカに率いられていた。
 双姫両軍の激突により、以後、半年間に亘ってコラーロ河は血の色に染まったと言われている。しかし、絶大な力を持つ魔剣<サーペントイーター>を手に先陣に立つヴィルトルードと、現実の出来事を軽視するカオルルウプテの教義のために積極性を欠くマーシャの指揮によって、戦いはアイヤール軍の優位に進んだ。
 追いつめられたマーシャは、最後の手段として準備を進めていた【コール・ゴッド】を実行。大神降臨の余波をまともに受けたヴィルトルードは、魔剣<サーペントイーター>とともにいずこかへ消えてしまった。大神を降臨させたマーシャもまた無事ではいられず、かくしてマーシャは滅び、この地は顕現した眠りの神が残した<暴食の膿夢>に覆われたのである。
 この後、アイヤール帝国は、呪いが及ぶ範囲を城壁で囲み、《封鎖領ハウぺリア》とした。本来、領主にはマーシャ討伐に功績のあったヴィルトルードの親族が選ばれるはずだったが、彼らが「呪われた地」に赴くことを拒んだため、帝国はヴィルトルードの副官であったゲルハルト・クーリックをハウぺリア子爵に叙し、領主とした。もとよりゲルハルトをはじめ、カオルルウプテが降臨した際にこの地にいた者たちはすべて、<暴食の膿夢>の最初の犠牲者であり、すでに呪いの及ぶ範囲から出ることの叶わない身体となっていたからである。こうして、「呪われた地」の領主となったゲルハルトが最初に行ったことは、《封鎖領》唯一の出入り口である城門の前に都市を築き、彼が誰よりも敬愛し、心からの忠誠を誓っていた上官の名をつけることだった。

 ■カオルルウプテの呪い<暴食の膿夢>

 <暴食の膿夢>の呪いは、【コール・ゴッド】により顕現した眠りの神カオルルウプテが、“暴食の眠り姫”マーシャの欲望を現実化したものだとされている。
 この呪いにより、《封鎖領》では夜になると「マーシャの“猟犬”」という魔物が出現する。一般にはただ“猟犬”とだけ呼ばれることが多い。“猟犬”の姿形は様々だが、醜悪でおぞましい外見だということは共通している。
 “猟犬”は、その名が示す通り、狩りを行う。標的となるのは、《封鎖領》にいるすべての人族と蛮族だ。夜になると、“猟犬”は森の影、路地の暗がり、あるいは室内であっても床の片隅などの場所から前触れなく出現し、見境なく近くにいる者たちを襲い、喰らう。ただし、“猟犬”に喰われても死ぬことはない。無残に食い散らかされた犠牲者たちは、夜明けが訪れると、全身を焼かれるような苦痛とともに蘇るのだ。肉体の変異は、“猟犬”に喰われた肉体の部位が再生するときに生じる。そして、肉体の変異が全身におよび、もはや人としての姿を保てなくなったとき、彼らは不気味な肉塊と化して、今度こそ死に至るのである。
 この呪いには、さらに特筆すべき点がある。それは、一度でも“猟犬”に喰われた者が、<暴食の膿夢>が及んでいる範囲――つまり、《封鎖領》の外に出ると、肉体の変異が劇的に進行する可能性があるということだ。ただし、幾度となく“猟犬”に喰われた経験を持つ者が《封鎖領》を出たにも関わらず、肉体変異を起こさなかったという事例もある。このため、呪いの影響を受ける度合いには、かなりの個人差があるものと考えられている。とはいえ、一部には、肉体の変異とともに精神に異常をきたして暴れる者もおり、未確認ながら「肉体の変異は伝染する」という噂もあるため、《封鎖領》の出入りは厳しく監視、制限されている。
 《封鎖領》と《紫壁領》の往来は、ただひとつの城門を潜り抜けることによってのみ行える。この城門の《封鎖領》側には城塞都市ヴィルトルードが築かれており、、一方の《紫壁領》側には砦にも見える堅牢な検問所が設けられている。検問所にはライフォスやティダン、ザイアの神官戦士を中心として編成された旭光騎士団が常駐している。
 この城門は、1か月に1回、それも日中にしか開かれない。そのため、一度《封鎖領》に入ると、少なくとも1カ月間は《封鎖領》から出られなくなってしまう。また、《封鎖領》から出てきた者は、本人の主張に関わらず、「“猟犬”に喰われた可能性がある」として、一定の期間だけ隔離され、監視される。そして肉体の変異が明らかになれば、通行証は剥奪され、強制的に《封鎖領》の中に戻される。
 つまり、正規の通行証を持っていようとも、“猟犬”に殺され、運悪く肉体に隠し切れない変異を負ってしまったが最後、通行門を通って《封鎖領》から出ることは叶わなくなるのだ。

 ■魔剣が呼ぶ地

 《封鎖領》では、かつてアイヤール帝国軍と蛮族軍が激突した。このとき、蛮族軍を率いていたマーシャは強力なノスフェラトゥであり、アンピュルシオン氏族の長であった。このため、マーシャの軍勢には多数のヴァンパイアが含まれており、彼らは強力な魔剣を数多く所有していた。また、このマーシャの軍団を打倒すことを目的として編成されたヴィルトルード旗下のアイヤール帝国軍にも、多くの魔剣が配備されていたとの記録が残っている。そして、これらの魔剣のほとんどが、カオルルウプテ降臨の余波によって所在不明となった。
 長い間、これらの魔剣は消滅したものと考えられてきたが、150年ほど前に、《封鎖領》の様々な場所から魔剣が発掘され、「《封鎖領》で発掘されたもの」とは知らされず売買されていることが明らかになった。この不正が明るみに出たのは、一振りの奇妙な魔剣が発見されたことによる。
 魔剣の持ち主は、商人の護衛として《封鎖領》を訪れた冒険者の1人だった。彼は強力な、しかし極めて異質な一振りの魔剣を持っていた。この魔剣はもともと<ビーストチェーン>(⇒『WT』155頁)であったものと思われるが、<暴食の膿夢>の影響を受けて変質していた。なんと、魔剣は、呪いがもたらす肉体変異のひとつとして、冒険者の肉体に寄生していたのだ。これ以外にも、何らかの形で《封鎖領》内から魔剣が持ち出された可能性があると判断したアイヤール帝国の調査により、《封鎖領》で多くの魔剣が発掘され、密輸されていたという事実が明らかになったのである。
 現在、《封鎖領》からの魔剣の持ち出しは、その魔剣が明らかに災厄をもたらすようなものでない限り、認められている。ただし、魔剣を持ち出すには相応の関税を支払わねばならない。その点を勘案してもなお、他の地域よりも明らかに高い魔剣の発見率は、《封鎖領》で一攫千金を狙う冒険者を何組も引き寄せている。

 ■《封鎖領》の現状

 現在、《封鎖領》の住人のほとんどは、城塞都市ヴィルトルードに住んでいる。人族と蛮族が共存する《封鎖領》の特質を象徴するかのように、ヴィルトルードの人口の3割ほどが蛮族だ。領外との関係も考えて、蛮族に公の立場が与えられることはほとんどない。しかし、生来が人族よりも高い戦闘能力を有する蛮族には、“猟犬”から住人を守る存在として、実質的な指揮権や決裁権を持つ地位が与えられることも多い。現在のヴィルトルード黄角騎士団の実質的な指揮官である副団長、“灰色の巨壁”ルガルド・ザドもダークトロールである。
 ヴィルトルードと《紫壁領》の間には、通商関係が成り立っている。ヴィルトルードを訪れるのは、<ドリームダスト>や魔剣を求める商人や商人の使い、冒険者がほとんどだ。冒険者の中には、高額な危険手当を目当てに、“猟犬”から商人を守る護衛として、《封鎖領》を訪れる者も少なくない。
 しかし、ヴィルトルードから一歩出ると、そこは未開地と大差はない。<ドリームダスト>の精製に関わっている者、魔剣の発掘を生業としている冒険者など、ヴィルトルードの内外を往復するような職業の者たちは、それぞれの思惑によってヴィルトルードの外がどうなっているのか話さない。また、人が少ない場所では自分が“猟犬”に襲われる可能性が高まるため、あえて街から出ようとする者もいない。このため、ヴィルトルードの外のことはまったくといいほど知られておらず、わずかに「危険な魔物がうようよしている」「人族と蛮族の集落が点在している」という噂がある程度である。